第81話      2005年10月1日

     2倍の人生

  「私には子供がいる。私には財産がある」と愚かな人は思い、そして悩む。
  すでに自分すら自分のものでないのに、どうして、子供が、財産が、自分の
  ものであろうか。      「ダンマパダ」


日本人は長寿になった

 今年は戦後60年にあたりますが、終戦直後に何が幸せかと人々にたずねたとすれば、どんな答えが返ってきたでしょうか、たぶん戦火を超えて、今、生きていることだと答えたでしょう。そしてなにもない時代です、何が欲しいかと問えば、白いご飯を腹一杯食べたいと答えた人も多かったでしょう。

 現代人に何が幸せかと、問えば、健康で長生きです、と、答えるでしょう。 そして何でもある時代です、何が欲しいかと問えば、お金が欲しいと答えるでしょう、お金があればなんでも欲しいものを手にするlことができるからです。

 何が幸せで、何が欲しいか、終戦時とそして戦後60年経た今日とでは大いに異なります、世の中が変わった、経済的に豊かになった、もちろんそうでしょうが、一番大きく変わったことは日本人が長寿になったということです。
 総務省は9月19日、敬老の日に合わせて、高齢者人口(15日現在)の推計値をまとめた。65歳以上の高齢者は過去最多の2556万人(前年比71万人増)で、総人口に占める割合は20.0%(同0.5ポイント増)。総人口に占める割合は初めて2割台に達し、5人に1人が高齢者となったと発表しました。

 日本人の寿命は、ずっと人生50年と言われてきた、だから60歳は長寿であり還暦をおおいに祝った。まして、70歳を超えて生きることは希であったから、古希は特別な祝いでした。それが21世紀になって、男性78歳、女性85歳、平均年齢83歳と長寿になりました。

実質二倍の人生をどう生きるか

 人間の成長期間を生まれてから成人までの20年とすると、寿命が50年の時代では大人期間が30年間であった、ところが今や平均寿命が80歳超ですから、大人期間が60年間と2倍、日数で1万日多く生きるようになったのです。
 すなわち、人生が50年の時代においては、子を産み育て終えるや命尽きたのですが、21世紀になって多くの日本人がさらに30年間も生き続けるようになったのです。
 子を産み育てる第一ステージの30年間は気力体力ともに充実していますが、50歳を超えた人生の第二ステージでは、加齢とともに健康を維持しにくくなり、体力が衰え気力も弱くなり、社会との接点をも縮小していきます。この人生の第二ステージをどう楽しく生きるかが、人々の課題です。

 大阪府下のある市役所の前にロダン作考える人のブロンズ像がある、なぜこのブロンズ像がそこにあるのかは知りませんが、これを見るだけで憂鬱な気持になってしまう人もいるでしょう。高齢化社会では、悩める老人の姿と重なりあって見えてくる人もあるでしょう、老いを悩む、病や死を嘆く、満たされない気持に沈み込み頬杖をついてふさぎ込んでしまう。ロダン作の考える人のブロンズ像は生き方の姿勢からすれば、この姿勢ではよけいに落ち込んでしまう、悩みを脱却するためにも、前かがみで頬杖をつく姿勢よりも、背筋伸ばして姿勢を正したほうが前向きな気持になれるでしょう。

 人生50年であったかっての時代とちがって、急速度で到来した人生80年の時代では、大人期間を実質2倍生きることになる。この高齢化社会は始まったばかりです、これは人々にとって初めての体験ですから、この時代を生きる人々にもそれぞれの生き方が見えてこないのです。60歳を超えて、心身ともに健康で社会の担い手として活き活きと活動できる、経験と技術を生かして仕事ができる、社会に貢献できる、生き甲斐や楽しみを求め持つことができる、そうありたいものです。

お釈迦さまは健康で長生きしょうとは説かれなかった

 2500年前に80歳を生きたという驚異的な長寿の人がいた、それはお釈迦さまです。そして今際のきわまで人々に生き方を説かれた、しかし健康で長生きしょうとは説かれなかった、命はいつ尽きるかわからないからです、だから悩み苦しみのない生き方をしょうと説かれました。私たちはお釈迦さまと同じように、平均年齢で人生80年の長寿を生きるようになった、それでお釈迦さまの生き方をお手本にさせていただいたらどうでしょうか。

 お釈迦さまは人々に正しく生きる姿勢を説かれた、これを道元禅師は、「左に側ち、右に傾き、前に躬り、後に仰ぐことをえざれ」背筋のばして息をゆっくり吐く呼吸法で坐ることによって精神が安定する、日々の生活において常に姿勢を正しましょうと、おしえられました。背筋のばして息をゆっくりと吐く呼吸法によって、脳内の神経伝達物質の一つであるセロトニンが増えて心身が安らかになるということが最近わかってきました。
 背筋を伸ばして前向き姿勢で、息の仕方・呼吸法を変えてみると、自己の仏心が呼び覚まされて、煩悩が自然に滅却できるのです。本当の幸せとは、悩み苦しみのない生き方ができることでしょうから、姿勢正して呼吸を整えることが結果として健康で長寿の人生を楽しく生きることになります。

 人生の第二ステージは、生きる姿勢として真っ直ぐに背筋のばして、息をゆっくり吐く呼吸法で、ほんのわずかの時間でも坐る、そして日々の生活においても、いつも背筋のばして、息をゆっくり吐く呼吸法を心がけて、心おだやかに生きたいものです、そうすると自分の生き方も見えてくるはずです。ストレス解消の生活とは一日完結型の生き方です、たとえ心配ごとや悩みごとがあったとしても、就寝の前に「今日もいい一日だった」で眠りにつけるでしょう。

高齢化社会を生きる、悩み苦しみのない生き方

 日々の生活においてほんの数分でも生きる姿勢を正すことです、背筋のばして息をゆっくりと吐く呼吸法、すなわち坐禅はお釈迦さまの教えです、自然に生気がみなぎってきます、背筋のばして息をゆっくり吐く呼吸法を日常の心得とすることが、高齢化社会に生きる現代人の悩み苦しみのない生き方の基本になるでしょう。

 私たちは自我の欲望のおもむくままに生きようとするから、自分自身で悩み苦しんでしまいます。日常的に悩み苦しみが解消されずに重くなり蓄積していくと心身の不調をきたします。背筋のばして息をゆっくり吐く呼吸法によって、煩悩が払拭されて悩み苦しみのない本来の自己である生命体にたとえ一時でもたち帰れます。

 
お釈迦さまのお説きになった言葉をまとめた最も古い教典「ダンマパダ」の中に「私には子供がいる、私には財産があると、愚かな人は思いそして悩む。すでに自分すら自分のものでないのに、どうして、子供が、財産が、自分のものであろうか」という言葉があります。子どもがいてもそれは一番近い他人であって私ではない、財産があるといっても、財産で苦しむこともある、欲に際限がありませんから、得ることができなければ悩み、得てもなお苦しみは尽きません。

 幸せとは健康で長生きすることではない、悩み苦しみのない生き方ができることでしょう。 「何が欲しいとも、何が食べたいとも思わないけれど、幸せに暮らしています」これはアイヌの人の生き方だそうです、すばらしい言葉です。

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