「鐘の音」   和尚の一口話          1999年10月1日
        第九話  人生時計  

   
  今、貴方は幸せですか、とコチコチと音を立てながら
     人生時計は「今」を刻んでいます



 突然、「忘れ物をしてませんか」と尋ねられたら、あなたは、「なんですか」と問い返されるでしょう。
 誰でもモノを置き忘れたり、持ってくるべきモノを忘れてきたり、人の名前や用件をすっかり忘れてしまうことはよくあることです。 でも今ここでは、自分自身の心と体のことを忘れていませんかと、尋ねているのです。
 日々の忙しさにかこつけて、自分のことを忘れている、忘れるとは心を亡くすと漢字で書きますが、忙しいの字も心を亡くすと書きます。

 「あなたは自分の心と体のことを忘れていませんか」と,あらためて尋ねられると、「大きなお世話だ、自分のことは自分で考える」、「おおきなお節介だ、自分の人生を他人にとやかく言われる筋合いなどない」とおしゃるでしょう。けれどもつまずいたり、体調を悪くした時、それは自然に自分自身を振り返るものです。
 そして取り返しのつかないところにまで来てしまった時、人はしみじみと思うものです、自分では分かっていながら、心と体のことを普段すっかり忘れて暮らしていたと。


 肩ひじを張ってばかりいないで、背筋を伸ばし、ちょっと深呼吸してみましょう。そして、人間関係のとらわれや人間社会ばかりに目をむけていないで、まわりを見渡してみましょう。
 すると、生きとし生けるもののすべてが、天地自然の恵みによって生かされている、そんなありのままの姿が見えてきます。
 昼は太陽の光がいっぱいに、夜には満天の星が輝いてます、「今」「命、生きている」この実感をいつも忘れないことです。

 
人生時計には過去も未来もありません、ただ「今」と文字盤に刻まれているだけです。そして確実に人生最後の時刻に向かって時を刻んでいます。今、貴方は幸せですか、とコチコチと音を立てながら人生時計は「今」を刻んでいます。

 
    朝日待つ 草葉の露の ほどなきに
         急な立ちそ 野辺の秋風  
道元禅師
  
      人生は草葉の露の如くはかない、幸せを願い日の出を待ち
      望んでいるから、どうぞ情け無い秋風よ吹かないで欲しい。


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