第113話   2008年6月1日
        
         月落不離天
 つきおちてんをはなれず             
             
                           

日本ミツバチを飼う

 最近日本ミツバチを飼うことが静かなブームになりつつあるようです。飼うといっても、環境が整っていなければむつかしいけれど、愛好者が増えてきているそうです。
 日本ミツバチの生態について、大まかなことは知られていますが、まだ謎の部分も多く、どのぐらいの数の日本ミツバチが、どの地域に生息しているのかといったこともわかりません。

 ミツバチの人工的な飼育はほとんどが西洋ミツバチのようです。それは飼育する上で西洋ミツバチのほうが日本ミツバチより利点が多いからでしょう。それでも日本ミツバチを飼おうという人が最近多くなってきているようです。日本の固有種である日本ミツバチを飼って増やそうという、同好者の全国的な組織もあります。

 ミツバチを飼って栄養価の高い蜂蜜を手に入れようという目的のために、ミツバチを飼うことにおいては西洋ミツバチも日本ミツバチも同じでしょうが、西洋ミツバチは専門の養蜂業者がそのほとんどをしめているのにくらべて、日本ミツバチは、愛好者が個人的に飼っているようです。そして、それぞれの地域のやりかたで生活の一部として古来より飼われてきたようで、平安時代の記録にものこされています。

 西洋ミツバチも、日本ミツバチも、いずれも天空を蜂達が飛び交って咲く花の蜜を集めてくることは同じですが、どちらかと言えば西洋ミツバチが人工的に飼育されているのにくらべると、日本ミツバチは人工の巣箱ですが、ほとんど自然なかたちで飼われています。西洋ミツバチが養蜂家によって花を求めて各地を移動していくということに対しても、日本ミツバチは移動することもなく定位置でその地域の自然にあわせて飼われています。もちろん日本ミツバチは自然に生息しているのがほとんどで、飼われているのはごくわずかです。

日本ミツバチの分蜂

 日本ミツバチを飼うのにはまず女王蜂とその女王蜂が引き連れる群れを捕獲することから始まります。春から夏にかけて日本ミツバチは分蜂という行動をとります。女王蜂は巣に女王蜂となる卵を産んで、親蜂の女王蜂は群れを引き連れて新しい巣を求めて分蜂するのです。巣から離れて群れをなし新天地を求めて移動していきます。分蜂してきた女王蜂と働き蜂の大群をそっくりそのまま巣箱に取りこむことができれば、飼うことができます。

 運良く分蜂して移動してきた大群を見つけて、それを捕獲できればいいのですが、どこにいるのかわからない分蜂の群れを探し出し見つけて捕獲する確率はかなり低いので、ほとんどむつかしいでしょう。ところがキンリョウヘン(金陵辺)というシンビジュウムの仲間の蘭の一種に日本ミツバチがひかれて、どこからともなく分蜂の大群が集まってくるということは、広く知られています。キンリョウヘンに群がるのは日本ミツバチだけで、西洋ミツバチにはその習性がありません。

 日本ミツバチがキンリョウヘンという蘭にひかれて、かなり離れたところから集まってくるのですが、人間が臭いをかいでも蘭の芳香は感じられません。花も小さくて、他の蘭のように色美しきものでもないのです。そんな地味な蘭ですが、日本ミツバチにはただならぬ魅力を感じるのか、遠いところからも集まってきます。そして日本ミツバチの大群が黒いかたまりとなって、このキンリョウヘンに群がるのはとても不思議な光景です。

 ミツバチは社会性昆虫とよばれ、女王蜂を中心に群れをつくります。日本ミツバチの大群は女王蜂一匹と数十匹の雄蜂と多量の働き蜂よりなり、新しい営巣地を見つけると、いっせいにそこへ飛んでいきます。分蜂によって出ていった後、元の巣に残った女王が新女王になります。働き蜂が巣に残るのと分蜂するのとに別れるのですが、どのように別れるかが、よくわかっていないようです。
 
命はDNAの運び屋なのか

 日本ミツバチをひきつけるシンビジウムの仲間であるキンリョウヘン(金陵辺)という蘭は蜜がでないのですが、蜂がこの花の花粉を運んでくれるという、不思議な関係があります。このキンリョウヘンは中国の南の地域に自生しているそうです。日本ミツバチの遠い祖先が中国の南の方に生息していたかもしれません。そこにはキンリョウヘンという蘭があるからです。日本ミツバチの祖先が何万年も前に、このあたりから日本列島に渡ってきたのでしょうか。

 遠く離れたところからも、このキンリョウヘンに分蜂の群れが集まってくるのは、日本ミツバチのDNAに何万年前の記憶として書き込まれているからなのか、キンリョウヘンの開花時期と蜂の分蜂の時期が重なっていることも、関係しているようです。
 神応寺の庭に置いたキンリョウヘンに日本ミツバチの分蜂の群れが来たので、それを巣箱に入れた直後の2008年5月12日にマグニチュード7.8という四川大震災がおこりました、それは未曾有の大災害となりました。日本ミツバチの先祖の地である中国南部にも、地震の影響がありました。

 そしてさらに南のミヤンマーではサイクロンの襲来により甚大な被害があったばかりです。サイクロンの猛烈な風雨に多くの人は命を落とし、生活の糧を亡くしてしまいました。四川大震災のすさまじい地球のエネルギーは人々の生活を一瞬に打ち砕いてしまいました。過去にも大きな地震やサイクロンがあったでしょうが、百年前ではこれほど多くの人命が失われ、怪我人や被災人数の多いことはなかったでしょう。人口が爆発的に増え多くの人々が居住していること、そして居住環境がこうした災害にもろいということです。

 人口が増え、生活圏域も大きくなりましたから、天変地異が生じると被災規模が桁違いに大きくなります。何万人もの人命が一瞬にして失われ、家屋は崩壊し、その復興に長い歳月を必要とします。
 日本ミツバチの何万年にもわたる命の軌跡である遺伝子に受け継がれたキンリョウヘンに群がる蜂の習性とともに、天変地異に遭遇しても滅亡を回避してきた、生きるすべをも習性として受け継いできたからこそ、日本ミツバチは今日でも生息しているのでしょう。ところが文明を発達させた人類は自然現象の前になすすべもなくもろいものです。

月は東に日は西に
 
 地球の大規模な地殻変動によって気候が変化します、気候の変化にあわせて生物は進化します。400万年前にアフリカ大陸に猿人が誕生しました。それが進化して旧石器時代人とよばれる人類があらわれるのが200万年前で、道具を用いて生活をするようになった私達の先祖である新石器時代人は1万年前だそうです。
 人類の誕生にくらべて、ミツバチは6000万年前には地球上に誕生して集団生活をしていたといわれています。多くの生物がきびしい環境に適合して生きていくために、遺伝子を変化させ進化してきたが、ミツバチはほとんど進化していないといわれています。

 人類の進化の軌跡は天変地異からの生き残りであり、人類は知能を働かせて今日に至るまで繁栄をしてきました。ところが人類は気象災害や地震などの天変地異の恐怖とともに、人間がつくりだした地球環境の悪化から生じる新たな気象異変にも不安を抱かねばならなくなったのです。
 日本ミツバチは種の数に大きな変化もなく、生息形態においても何万年にもわたり大きな変化がないから、天変地異の被災にも耐えてきたのでしょう。そして今日では日本ミツバチが生息していることが自然環境が保たれているあかしでもあるのです。

 月落ち天を離れず、月も地球も宇宙にあり、宇宙を離れることはない。月は西に沈んで見えなくなるが明日また東の空にのぼる、今、人類はその月から地球がのぼるのを見ることになった、漆黒の月の天空のはるか彼方に美しい地球の姿を見ることができる。
 美しい地球は静寂の星ではない。高熱のかたまりが地下深くにあり、火山は噴火し地殻は絶えず変動し地震がおこります。そして地表では気候変動があり、刻一刻と気象が変化します。時に大気は渦となって地上のものを吹き飛ばし、大量の雨が地上に降り注ぎます。美しい地球はそれ自身が生きているのです。この地球に生息するかぎり、人類もいかなる生命も地球の動きすなわち地殻変動と気象変化を無条件で受け入れざるをえません。

 地球や月は何億年を時間の単位とするが、人類の命の時間は一瞬のことにすぎない。そして人々の悲しみも苦しみも、恐怖も宇宙では何ら通用しない。ミヤンマーのサイクロンの被災地にも、四川大震災の被災地にも、十分な救援の手がさしのべられていません、あたたかい援助の手をさしのべられるのは人類のみです。人類の悲しみを知るものは人類のみだからです。
 6月1日、今朝、ケネデー宇宙センターから国際宇宙ステーションの日本の実験棟「きぼう」を搭載したデスカバリーが打ち上げられました。生きとし生けるすべての命が輝く美しい地球をまわる希望の星となって欲しいものです。

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