2010年 5月  第136話
         去又来
    
  草木叢林の無常なる、すなわち仏性なり、
  人物身心の無常なる、これ仏性なり、
  国土山河の無常なる、これ仏性なるによりてなり
                       (正法眼蔵・仏性)



生命が躍動する好時節

 冬の間は静かに眠っていたかのような草木が、日差しが強くなるにつれて、百花が咲き、木々はいっせいに芽吹きはじめます。この時期、自然の光景が日々変化していくありさまには驚くばかりです。昆虫も、動物も、新しい命が誕生します。まさに風薫る4月、5月は生命が躍動する好時節です。

 山野に生息している日本ミツバチも、花々の蜜をもとめて活発に飛び回ります。そしてこの時期になると巣分かれという動きが見られます。雲のようにミツバチの群れが飛来していたり、それらが一カ所に固まっている光景を目にすることがあります。4月から5月にかけて、新たな女王蜂が誕生した巣では巣分かれ(分蜂)が起こり、親蜂である女王蜂が働き蜂を引き連れて巣を出て、新しい営巣地に移るのです。

 一昨年に続いて 昨年も今年も自然に生息している日本ミツバチが、神応寺の境内に置いた待ち箱に入りました。そして昨年入って一年経過した巣箱にも変化がありました。4月になって、同じ巣箱で分蜂が相次ぎ、半月の間に三度も分蜂したのには驚きました。いずれも分蜂した群れが巣箱から出て雲のように飛び始め、やがて梅の木にとまって一塊になったところを捕獲できたから、蜂の巣箱がまた増えました。

 日本ミツバチを飼うのには、自然に生息しているミツバチを、人工の巣箱に取り込み、定着させることから始まります。それには待ち箱を置いて野生集団を人工巣に誘導するか、分蜂して飛び出した群を、女王蜂を護ってひとかたまりの蜂球状態になったところを捕獲して巣箱に入れ定着させるかのいずれかによります。これは西洋ミツバチには見られない日本ミツバチの特性に合わせたやりかたです。

親がリスクを、子に安全を

 日本ミツバチは山野の大木で、中がうつろになっている洞などに棲む野生種です。この野生の蜂を人工の巣箱に誘導したり捕獲したりして、古来より小規模な養蜂が営まれてきました。しかし明治になって短期間で大量に蜂蜜が採取できる西洋ミツバチが輸入されるようになると、養蜂家は西洋ミツバチを飼うようになりました。特定の蜜源をもとめて移動することが多い西洋ミツバチとちがい、日本ミツバチは巣箱を動かさず定位置で百花蜜を集めます。

 熊は越冬の栄養補給のためにミツバチの巣を襲い蜜を食べることが知られていますが、古来より人間も貴重な栄養源として、ミツバチの蜜を採取してきました。蜂の巣からミツバチを追い出し蜜を取り上げるやり方から、近年はミツバチを追い出さず殺さず、採蜜後も巣箱で飼い続けるという方法がとられています。
 人間の採蜜によって蜂は越冬用の蜜を失ってしまうことから、採蜜後は人の手で濃い砂糖水を与えて冬場の蜜の不足を補充する方法がとられています。これによって蜂を殺さず人間も蜜をいただけるということで、人間と蜂が共生できる方法がとられています。蜂は人間の提供する巣箱で砂糖水の補給を受けながら越冬し春をまつことになります。

 スズメバチは雌が一匹で冬眠して冬を越し、春になって巣をつくり働き蜂を生み、秋にかけて群れを大きくしていきます。これにくらべて、日本ミツバチは食糧となる蜜を備蓄して、群れで冬を越します。そして蜜源が多くなる4月に入ると、新しい女王蜂となる子を生み、親の女王蜂はその巣の働き蜂を引き連れて分蜂します。
 どのくらいの働き蜂が親蜂について出て、子の女王蜂のもとにどれくらいの働き蜂が残るのかはよくわかっていません。女王蜂のフェロモンによるそうですが、出る群れと残る群れとの選別がどのようにして決まるのか、不思議なことです。そして、大きな群れでは次々に女王蜂が生まれて、何度か分蜂が起こります。 巣分かれして新しい営巣地を求めて出て行く親蜂の群れには常に危険がともないますが、残った子の女王蜂の群れは、そのまま巣にとどまることから安全です。親はリスクを子には安全をという、日本ミツバチ独特の子孫の残し方なのでしょう。

 日本ミツバチは西洋ミツバチとちがい逃亡することがあります。気に入らないと備蓄蜜をすべて持って巣から出て、他へ移動してしまうのです、これも日本ミツバチの特徴です。日本ミツバチは羽音をたてて威嚇するけれど、集団で襲うこともなく、病気やダニにも強く、丈夫です。それで日本ミツバチを飼っている愛好者が近年多くなってきたようです。日本ミツバチには西洋ミツバチにはない能力や特長があることが最近わかってきました、それで、生態系やバイオテクノロジーの面からも保護がもとめられます。

日本ミツバチは社会性昆虫

 日本ミツバチは社会性昆虫と言われますが、一匹の女王蜂と女王蜂が生んだ1万匹を超える働き蜂の群れにより生息します。働き蜂には蜜集め、蜜の加工、幼虫の養育など、それぞれに役割があるようです。繁殖の一時期には雄蜂も誕生します、雄蜂は蜜集めはしないで、もっぱら他の群れの女王蜂と交尾するためにだけ生まれてくるようです。そして日本ミツバチにはすぐれた情報の伝達能力があり、方向と距離をダンスによって仲間と伝え合うのです。群れを一つの体とすれば、群れの力が弱いと寄生する巣虫に負けてしまう、また天敵のスズメバチに対抗できません。西洋ミツバチはスズメバチに弱いけれど、日本ミツバチは集団で取り囲んで熱を発生させてスズメバチを撃退します。

 女王蜂の寿命は3年程度、働き蜂は越冬期を除いて1~2ケ月、雄は20日程度の寿命です。女王蜂は繁殖の時期には多くの雄蜂を生み、女王蜂は複数の他の群れの雄蜂との交尾によって、たった一匹の女王蜂が三年の間に何万匹もの働き蜂と繁殖期には雄蜂を生み続けることになります。他の群れの複数の雄蜂と女王蜂とが空中で交尾する出会いの場所もあるというから不思議です。

 水分を多く含んだ花蜜をミツバチは巣に運んで水分をとばし、糖度が70%以上もある蜜に濃縮します。またミツバチの体内で酵素によって「ショ糖」(いわゆる砂糖の甘味成分)が「果糖」と「ぶどう糖」に変化します。このようにミツバチは甘味の化学変化をさせるから、蜂蜜は常温保存しても腐らない・カビないのです。
 西洋ミツバチが養蜂家によって特定の蜜源に運ばれ、そこで蜜を集めると、その蜜は、単花蜜になります。ミカンの花の蜂蜜は「ミカンの蜂蜜の味」がします。ところが、日本ミツバチは自然の花蜜を集めるから「百花蜜」です。

 働き蜂の寿命は孵化してから40日前後です、忙しい時期はもっと短いようです。群れを守るために、自分たちの寿命を遙かに超えて、寒い時期を乗り切るための「保存食」として蜜をせっせと集めます。一匹のミツバチは一時間に約700の花に授粉させることができる、しかし1㌘のハチミツを生産するためには7000以上の花のところへ飛んでいかなければならないのです。いずれにしても一匹のミツバチが一生かかって集められる蜂蜜は茶さじ一杯にも満たないのです。

蜂はその味わいをのみとりて色香を損なわず

 ミツバチが多ければ植物は好都合です、受粉の確率が高くなり実りが豊かになります。自然界の生命の循環である食物連鎖に、ミツバチは大きな役割を担っています。蜂は花の蜜を吸うけれど、花の香りや花を傷つけない、いわば利子のみをいただき、元本に手をつけません。けれども人間は花の蜜、すなわち利子のみでなく元本にまで手をつけるから、あらゆることがおかしくなるのです。

 自然界では自然の摂理である絶妙なバランスのもとに、さまざまな生きものが生存しています。生きているというより、お互いを生かしあい、生かされています。なんの疑問もなく生きものたちは命のある限り精一杯に生きています。人間だけが生きることに悩んだり苦しんだりしています。人は、生きることにさまざまな疑問を持って生きていますが、ミツバチは我が道を行く生き方になんの疑問もなく、日々せっせと蜜を集めて生きています。

 松原泰道老師のご本の中にこんなことが書かれていました。母親は思い詰めて、死ぬことばかりを考えていた、子供を背負って線路を歩いていたら、背中の子供が、「お母さん綺麗な夕焼けだよ」と言った。今まで死ぬことばかりを考えていた母親は、あかね色に染まった夕焼け空を見て、自分のことしか見えていなかったことにふと気がつき、もう一度やり直してみようと思い直した、と、あります。

 時には自然の姿に目を向けてみましょう、自らの世界が見えてきます。自然という言葉はもともとは自らと言いました。この世のすべてが同じ姿を止めることなく無常であり、ありのままの自らの世界です。人は悩むことが多い、人間関係の悩み、仕事や勉学の悩み、経済的なことや生活環境の悩み等さまざまです。自らであるから、本来悩むべきことも、苦しむことも、自らこの世界にはないはずです。日本ミツバチは6,000万年もの長い年月、ほとんど進化もしていないそうですが、地球環境の変化にも柔軟に適合して、生きぬいてきた。こうしたミツバチを見ていると、生きものたちから元気をもらう。社会性昆虫といわれる日本ミツバチに学ぶことが多いようです。

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