2020年11月1日 第262話
             
利他行

     愚人おもはくは、利佗をさきとせば、みずからが利、
     はぶかれぬべしと。しかにはあらざるなり。
     利行は一法なり、あまねく自佗を利するなり。
     
                  正法眼蔵 菩提薩埵四摂法
    

利己的なウイルスが、生物の進化に利他的に影響してきた

 三十数億年前、原始の地球において長い時間をかけて発生したアミノ酸やタンパク質が凝集してより大きな分子となり、ある時点で自分の複製を作れる特異な分子が発生した。それが遺伝子DNAで、生物体の出現です。同時期に自己増殖せずに他の生物に入り込んでコピーをつくることで増殖する非生物があらわれた、これがウイルスす。

 命とは、生物の個体そのもので、動物、植物のことです。生物の個体は遺伝子であるDNAの周りを囲むタンパク質が長い時間の進化を経て複雑に高度になったものです。したがって進化の単位は生物の個体でなく、個体の中にある遺伝子であると考えられています。
 遺伝子は自らのコピーを残す、その過程で生物体ができあがるということです。つまり生物の個体とは、遺伝子が自らのコピーを残すために一時的につくり出した「乗り物」にすぎないということで、人体も同様です。

 生物の細胞は生きるのに必要なエネルギーを作る製造ラインを持っているが、ウイルスはその代謝を行っておらず、他の生物に寄生することでのみ増殖が可能な非生物です。自らの「乗り物」を持たず、他生物の細胞を利用して自己を複製させる極微小な感染性の構造体で、他の生物の遺伝子の中に彼らの遺伝子を入れて、ウイルスタンパクを増産する、すなわち感染してコピーを増やすことで増殖するのです。

 遺伝子は自己の生存と繁殖率を他者より高めるという、利益が最大になるように行動しますから利己的です。遺伝子に意思はありませんが、生物の個体においては自己増殖の効率に優れた「乗り物」をつくり出せる遺伝子が、結果として繁栄します。
 生物の個体のもとである遺伝子DNAは、利己的なウイルスの遺伝子に打ち勝つために進化してきたといえる。したがって利己的
なウイルスは、生物の進化において、利他的に影響を与えてきたということでしょう。新型コロナウイルスのような変異する利己的なウイルスの存在が、生物を進化させてきたのです。

共生の世は、すべからく利他なり

 感染力の強いウイルスであっても、「抗体」があれば感染しても発症しません。「抗体」をつくる免疫力は生物が生まれながらに持っている身体の防衛システムで、人類も進化の過程で少しずつ身につけてきました。「抗体」はタンパク質で、このタンパク質の作り方を決める情報を祖先から綿々と受け継いでいるのも遺伝子です。細菌やウイルスが利己的であるから、生物はこれらに打ち勝つために進化をとげてきたのです。また人間の体内には細菌や微生物が同居していますが、このことは一見すると利己的であるけれど、実状は互恵関係を保っていることから利他的であるといえるでしょう

 生存競争の激しい自然界においては利他的な行動をとる個体はうまくやっていけないから、利己的な個体が繁栄すると考えられています。ところがうまくやっていけないと考えられている利他行動が、自然界においては見られるのです。
 海の中で群れをなす鰯は他の海の生きものに食われるが、食い尽くされることなく鰯は生き延びたものが子孫を残す。群れをなしているペンギンもアザラシの餌になるけれど、絶滅することはない。社会的昆虫である蜜蜂は、一匹の女王蜂と多くの働き蜂とで群れをなしている。働き蜂の利他行動によって女王蜂は子孫を残す。このような利他的行動は遺伝子にとっては利己的なのです。

 地球上には何万種という生きものがいますが、それらはことごとくつながっている。一つの生きものの死は他の生きものの生に、どんな生きものも命のつながりにおいて存在できている。生きものの多様性とは全ての命のつながりであり、食物連鎖とは利他の姿そのものです。生きもののつながりは、何代にもわたる命の受け継ぎでもある。食物連鎖は他の命を生かすという利他であるから、利己的な弱肉強食は存在しないのです。

  花が咲くと蝶や蜂が蜜を吸いに来る。蝶や蜂は蜜のみを採って色香を損なわず、花粉は媒介されて受粉し、結実する。花と昆虫の間には何ら損得勘定はないけれど、互恵関係が成立しています。植物の放出する酸素によって動物は生存できている。あらゆる生命体は単独に存在しているのではなく、共生という結びつきにおいて誕生し、存在し、死滅している。それが自然界の命の連鎖です。
 新型コロナウイルスが蔓延する恐怖のもとで、人々は共生ということをこれまで以上に強く感じるようになったようです。共生の世であるから、幸せは利己にては得られず、利他により幸せが実感できるのでしょう


利他でなければ成り立たない

 共生の世においては、製造業であれ、流通業、サービス業であれ、企業活動を通して社会に貢献できなければ企業は継続存立できないでしょう。したがって、利他精神に準拠し、企業の活動理念を社会貢献とすべきです。目先の利益を追求することばかりに終始している企業は、社会から次第に見放されてしまいます。
 企業活動の目的を社会貢献として、存続発展するためには利益が確保されなければならないから、そのことを可能にするのは付加価値生産性の向上にあるといえるでしょう。

 利他の精神に準拠して、社会貢献を企業活動の基本にしておれば、おのずから客心適合に照準を合わせた付加価値生産性の向上が命題となります。そして付加価値生産性の向上がはかられておれば、企業の設備投資、従業員の福利、技術開発等々の拡大がはかれる。競争力が堅固なものになり、企業を構成する人々の能力も向上する。利他の精神でものをつくり、販売し、サービスを提供することで企業は社会に貢献できます。

 自分の善行の結果である功徳を他にめぐらし向けることを回向といいます。企業の絶えざる技術開発努力やサービスの向上という善行の功徳を顧客や社会にめぐらします。善行の功徳を積むことによって、ご利益(りやく)があります。すなわちその報いとして企業には利益(りえき)がもたらされるのです。損して得取れという言葉がありますが、自企業にとっては損だと思われるような行いでも、得(利益)として還流してきます。顧客に安心と安全と満足を提供することができれば企業は顧客から信用される。そのことで企業は儲けを得ることができる。それで儲けという字は信者(顧客)と書きます。客心適合しておれば、顧客は満足し、企業も利益が得られるということです。
 良い状態を繰り返すことを好循環といい、悪い状態を繰り返すことを悪循環というようです。「善循環」という言葉は広辞苑にないけれど、企業活動が善循環するのです。


 ものの存在はことごとくが因果にもとずいて生滅しています。これは原因と条件、すなわちことごとくが縁起によるのです。良き種を蒔いても良き実りがあるとはかぎらない、また不良な種であっても、よく耕し水と肥料をしっかり施して育てると良き実りにつながる。利己的でないところに利他の報いがあるということです。
 これは植物にかぎらず
経済活動でも、人間関係においても同じことです。また、競争という局面においても、利己的なものは目先の競争に勝っても、先には敗者となり、利他的であれば勝者となる。国と国とのことにおいても、国益にこだわって利己を通せば戦争になるが、互恵の利他の関係を維持できれば、国家間の平和が保たれます。

 人生は利他行

 利行とは、利他すなわち他の幸せを願い、他を利する行いのことです。無財の七施という教がありますが、利他行のあれこれを説いたものです。
1,.眼施(げんせ)やさしい眼差
(まなざ)しで接する
2,和顔悦色施(わげんえつじきせ)笑顔で接する
3,言辞施(ごんじせ)やさしい言葉で接する
4,身施(しんせ)自分の身体でできることを奉仕する
5,心施(しんせ)他のために心をくばる
6,床座施(しょうざせ)席や場所を譲る
7,房舎施(ぼうじゃせ)休息や泊に自分の家を提供する

 利他行について道元禅師は四摂法
(ししょうぼう)を説かれました。布施・愛語・利行・同事です。この四摂法の実践こそ、利他の生活態度だと諭されました。
「布施」 物でも心でも与え合おう、共生きに感謝しましょう
「愛語」 笑顔で美しいく、やさしい慈愛の言葉がけをしましょう
「利行」 見返りを求めず、他を利することを願い、行いとしましょう
「同事」 他の苦しみは私の悲しみ、他の楽しみは私の喜びとしましょう

 「利行は一法なり、あまねく自佗を利するなり」
と、道元禅師は四摂法を説かれた。他を幸せにしなければ、自らの幸せはない。自分本位の心を捨てて、世のため人のために、この利他の願いを持ち続ける限り、その人は幸せです。

 この世は利他に基づいた共生の世界です。この世に存在するということ自体が、利他によるからです。したがって生き方においても利己では生きずらくなる。この世は利他が根本原則だから、このことに無知なものは利己的にふるまうから苦しみを味わうことになる。この世の有様はことごとくが利他によって現象しています。ですから利己の行動をとるものはすべからく存在し続けることができないのです。日常生活において、利他行の生き方こそが生きずらさを感じない生き方だということです。利他の生き方をしているもののみが、幸せな日々を過ごせるということでしょう。

 生きとし生ける命は、お互いに生かし合っている。どんな命も欠くべからざる存在であり、どれ一つが欠けても他を生かせない。どんな生き物でもその命は自然のめぐりによって親のもとに生まれた命です。どんな人でも自然のめぐりによってこの世に必要だから生まれてきた、かけがえのない命です。ですから、この世に生きているということは、自分のために生きているのではなく、他の命のために生きているのだという、利他の根本原則があります。生かし合いが生きものの姿です、どんな生き物も、生かし合っているから生きていける。人生は利他行です。
 
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