2022年7月1日 第282話
             
幸福感

     一つには布施、二つには愛語、三つには利行、
     四つには同事  
正法眼蔵・菩提薩埵四摂法


長続きする幸せ、長続きしない幸せ

幸せそうに見えるとは、どういう人のことでしょうか。
・仕事や趣味など自分の好きなことをしている
・プラス思考で常にポジテイブで明るい
・自分の気持ちに正直に素直に生きている
・気持ちの切り替えが早く過ぎ去ったことを気にしない
・常に笑顔を絶やさず楽しそうにしている
・自分の長所や好きなことを自覚して自分の夢や目標を叶えている
・恋人や友達など良き人間関係に恵まれている
そういう人は周りから見ても幸せそうに見えるでしょう。

幸せそうに見えないとは、どういう人のことでしょうか。
・自己肯定感が低く自分と他人を比べて劣等感を感じている
・マイナス思考で何ごともネガテイブにとらえてしまう
・現実から目を背けて自分の人生を好転させようと努力していない
・過去の失敗をいつまでも後悔し続けている
・卑屈な性格で楽しい嬉しいと素直に口にできない
・人の陰口や不満ばかりを口にする
・収入が低くて自己実現できない
・自分で人生のピークを過ぎたと思い込んでいる
そういう人は周りから見ても幸せそうに見えないでしょう。

 あなたにとって幸せとはなんですか、と、問われて、はっきりと答えられるでしょうか。人によって違うとか、決まった定義など無いと答えるかもしれません。だが、もっとより良くなりたいとか、充実した人生を送りたいという思いはだれにでもあるでしょう。
・好きな人と一緒に過ごしている時
・気心の知れた友達や家族と楽しく過している時
・美味しいものを食べている時
・目覚ましをかけずに寝ていられる時
・趣味や好きなことに没頭している時
・新しい経験や価値観に触れて感動した時
・人の役に立ち感謝された時
 こういう時に人は幸せを感じるでしょう。仕事に成功して十分な収入があるとしても、家庭や職場での人間関係が悪ければ幸せだといえません。幸せの要因がバランスよく満たされている人のほうが幸福感があるようです。

 幸福学の研究をされている前野隆司さんによると、長続きする幸せと長続きしない幸せとがあるという。
 長続きしない幸せは地位財で、金、モノ、地位など他人と比べられる財である。
 長続きする幸せは非地位財で、環境や健康に恵まれている幸せ、そして心の要因による幸せである。
心の要因には次の4つの因子があるといわれる。
やってみよう因子「自己実現と成長」、夢や目標を目指して自分の強みを活かし、達成したり成長し努力することに幸せをもとめる。
ありがとう因子「つながりと感謝」、多様な他者とのつながりを持ち他人に感謝し、親切にする。自分を大切に思ってくれる人がいる。
なんとかなる因子「前向きと楽観」、ポジテイブで前向きに物事をとらえ 細かいことを気にしない。
ありのまま因子「独立と自分らしさ」、自分の考えが明確で、人の眼を気にしない。他人と比較せず自分らしくやっていける人はそうでない人より幸福です。
 前野隆司さんによると、これらの4つの因子がそろっていると幸せが長続きするというのです。

共同体感覚により幸福感が得られる

 心理学者のアドラーは、共同体感覚を得ることが充実した人生の鍵であるとしています。人は共同体の全体の一部であるから、全体と共に生きている。その全体とは家庭、学校、企業、地域、国家、人類、地球、宇宙だという。人が全体の一部であり、全体と共に生きていることを実感することが共同体感覚であり、宇宙にまで広がるというのです。

共同体感覚で幸福感を得る三つのことがらとは
その一つは「自己受容」で、自分の良い点も悪い点も受入れ、自分は価値ある存在だと認識できれば自分が好きになれるから、他人によく見られたいという承認欲求もなくなり、幸福感が得られる。
その二つは「他者信頼」で、共同体の仲間として無条件で信頼し受入れることで、よい人間関係が保てるから幸福感が得られる。
その三つは「他者貢献」で、人や社会に貢献しているかどうか共同体の中で自分が人の役に立っていると感じられる時に幸福感が得られる。他から感謝される喜びを体験すれば、自らすすんで貢献を繰り返すようになるから、自分を変えていけるのです。


 それで目指すべきは社会的に有用な人になることだという。そのためにはまず、不完全な自分であっても、自分自身を受入れる、自己を受容すること。相手をかけがえのない仲間だととらえて、他者を信頼すること。そして実際の行動をもって共同体の利益に貢献することで、見返りを求めず感謝を期待しない態度こそが貢献感である。アドラー心理学においては共同体感覚を最重要コンセプトにしています。

 アドラーは私たちが生きていく上で共同体感覚が欠かせないと言う。人は一人では生きていけないから人間関係を持つのです。他者を敵でなく仲間として見ることが大切で、そのことによって自分の居場所が獲得でき、仲間たちのために貢献しようと思うのです。人や社会に貢献して、共同体の中で自分が人の役に立っていると思うとき、幸であると感じる。それが共同体感覚で、それにより幸福感が得られるとアドラーは言っています。

一つには布施、二つには愛語、三つには利行、四つには同事

 道元禅師は正法眼蔵・菩提薩埵(ぼだいさった)四摂法(ししょうぼう)を説いています。四摂法とは、一つには布施、二つには愛語、三つには利行、四つには同事です。菩提薩埵は「菩薩」のことで、摂とは「つかむこと」の意です。菩薩とは悟りの真理を携えて世のため人のためにこの四つの慈悲利他行を摂(実践)することで現実社会の浄仏国土化につとめる者のことです。

布施は物や法を衆生に施すこと。
 布施はむさぼらないこと、執着しないということです。貪らないとは、貴重な宝物を執着なく、見ず知らずの人に施すようなものですから、凡人にはとうてい為しがたいと思われるけれど、心が物を転ずるときがあり、また物が心を転ずるときもある。
 こころおだやかな人は周囲を和ませるが如く、布施の功徳は前生から積んできたその人自身にそなわっている。花は風の吹くままに開き、鳥は季節を得てさえずるが如くで、ことごとく布施でないものはない。この世界は施者と受者と施物の働きで満たされています。

愛語は、衆生にやさしい言葉をかけること。
 愛語とは衆生に対して慈愛の心をおこし、思いをかけて愛の言葉を語ることです。
世俗では安否を問うという儀礼があり、仏道では「お大事に」「ご機嫌いかが」という日常の挨拶からはじまる。愛語を行なうことで愛語が身につき退転しなくなる。愛語を聞けば自然に顔は綻び、心はあたたかくなる。愛語は天下の時勢をも変える力があるということを学ぶべきです。

利行は身口意の善行によって衆生を利益すること。
 他を利することを先とすると自分の利益は除かれると思うのは愚かな者の思いであり、利行は自利も他利も一つであり、他を利益しょうということが自分も利益することになる。利行とは貴賤の別なく、親しいものにも怨みのあるものにも同じように利益を与える。この気持ちに徹すれば草や木や風や水にまで利行の働きが及び、利行が身につき退転しなくなる。

同事は衆生と苦楽を共にすること。
 同事とは違わないこと、自分にも他人にも違わない、自も他もまったく一如であるということです。海は水を斥けないから大をなしており、山は土を斥けないから高い、明君は人を厭わないから国は安泰である。明君と愚人と同事であれば道理が通じ合うから、同事は菩薩の行願(衆生済度と開悟の実践)となる。

 和やかな顔つきで全てのことに接するのが肝要である四摂法を行じることで衆生は仏道に入り、現実社会は浄仏国土化すると道元禅師は説かれました。


共同体の生き方

 イエール大学のニコラス・A.クリスタキス教授によると幸せは伝染すると言う。幸せな人のまわりには幸せな人が多く、不幸な人のまわりには不幸な人が多いと言うのです。
 お金も自分のために使うのと他の人のために使うのとでは幸せ感がちがいます。
社会貢献活動と幸せには相関関係があり、だれかを幸せにしようとすると自分も幸せになれるのです。
 利他的な生き方とは四摂法の実践です。利他的な人は幸せであるというのは、四摂法が共同体の生き方であるからでしょう。


 人は共同体の全体の一部であり、全体と共に生きている。その共同体の全体とは世の中すべてです。近江商人は自分良し、相手良し、世間良しを商いの根本としました。これはアドラーのいう共同体感覚の自己受容、他者信頼、貢献感にあたることから、近江商人は共同体感覚を具えていたのでしょう。与えられた能力を使い、自己の利益のみを追求するのでなく他者に貢献することで幸福感が得られる。そのことによって人生に迷い無く生きられるとアドラーは言いました。


 布施には三輪清浄ということがいわれています。三輪とは、施者と受者と施物です。施者は布施する本人であり、受者はそれを受ける相手であり、施物は布施の財物あるいは法である。この三輪に執着しないことが布施の本旨であり、そのとき三輪は清浄になるということです。三輪清浄は布施のみならず、愛語、利行、同事にもあてはまります。そして、布施は愛語・利行・同事を含み、愛語、利行、同事も、いずれもが他の三項を具えていることから、四摂法は十六摂法であるということです。

 菩提薩埵四摂法、一つには布施、二つには愛語、三つには利行、四つには同事です。これは共同体における人の生き方の指針であり、共同体との関わり方です。仏道では四摂法を行じていることが菩薩の証明となります。アドラーの共同体感覚は幸福感の証明であり、それは四摂法の実践と同義であるといえるでしょう。煩悩による苦しみの消滅を涅槃といいますが、幸福感の充満した境地をいうのでしょう。

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