2023年9月1日 第296話
             
無心

     蝶、無心にして花を尋ぬ。
     花開く時、蝶来る。蝶来る時、花開く。
     吾れ亦人を知らず。人亦吾れを知らず。
     知らず、帝則に従う。  
良寛


この世は関係で成り立っている

 人間は、空気を吸って、吐くという呼吸をします。空気中の酸素を肺に取り込み、二酸化炭素(炭酸ガス)を吐き出します。酸素を取り込むだけでなく、二酸化炭素を吐き出していることが呼吸をしているということです。それは意識しないでしていますから、まさに生かされているということでしょう。
 太陽光と二酸化炭素と水がなければ植物の光合成は成立しないから、それによる酸素も生まれない。酸素がなければ人間や動物は生きられない。呼吸というかたちで、空気中の酸素を体内に取り込んで、二酸化炭素を吐き出す、それが植物の光合成につながる。したがって、無関係であると思われがちですが、植物と人間とは共生きの関係にあります。

 生きとし生ける命は、お互いに生かしあっている。ですから、どんな命も欠くべからざる存在であり、どれ一つが欠けても他を生かせないということです。この世に生きているということは、自分のために生きているのではなく、他の命のために生きているという、利他の根本原則があります。生かし合うのが生きものの姿です、どんな生き物も、命を生かし合っているから生きていけるのです。
 自然界においては、自他の区別などないというのが自然の大原則でしょう。利己はそのまま利他であり、利他がそのまま利己です。この自他にこだわらない姿を自他一如といいますが、自他一如の心を良寛さんは無心と言われました。

 生きものは何億年という歳月においてそれぞれが進化をして子孫に命をつないできました。ことごとくが関係している世界に如何に適合してきたかということが、進化ということでしょう。関係する世界に適合して生きるということは利己でなく利他そのものであり、生きものは環境の変化に適合して命を継承してきたのです。

 お釈迦さまは、縁にもとずき、この世は関係で成り立っていることをおさとりになられたのです。この世は関係で成り立っている世界ですから、自己中心の生き方では息苦しくなります。すべてが関係している世界では、利己の生き方ではこの世界にうまく適合できないからです。
 世の中はすべてがつながって生かしあっているから、自己中心の欲望のままに生きようとすれば、生きずらさを感じるのです。自分の利を得んと欲すれば、他を利すべし。すなわちこの世は利他でなければ息苦しいところだから、あなたも私も他から必要とされる存在であること、他に役立つことで、真の幸せ感が得られるでしょう。

人間とは「世の中、人の住むところ」

 この世は人間だけでなく、なにもかもが互いに関係しあって存在している。なにもかもが互いを必要とすることでこの世は成り立ち、それぞれが存在しています。
 生きとし生ける命は、お互いに生かし合っている。どんな命も欠くべからざる存在であり、どれ一つが欠けても他を生かし合えない。この世に生きているということは、自分のために生きているのではなく、他の命のために生かされている。これが利生という根本原則です。


 「世の中」とは生死を超えた生かしあいの世界です。だから、この世に生まれてきたすべての生き物は、生かしあうために生まれてきた。生きるとは、生かしあうことで、人も例外でない。人はたった一人では生きていけない。他とともに生きるから人は生きていける。
 生かしあいのために自分も「世の中」に必要とされているから、自分が他に必要とされるに値する人であるかどうかが問われます。「世の中」が自分を必要としている。そのために自分に何ができるのか、そこが大切なところです。


 人間という言葉の意味は、「世の中、人の住むところ」ということです。世の中に生きているということは、一人一人が世の中の構成員であり、他の人とつながり、支え合う存在です。すなわち必要とされる何かがあるから、その人は存在している、必要でなくなれば存在する意味を失うということでしょう。

 世の中において必要とされる人格、必要とされる能力をそなえた人ならば、世の中は必ずその人を必要とするでしょう。この世では、他に必要とされる生き方をするという自覚が大切です。自分はどのように必要とされているのか、なにをすればよいのか、自分探しを続けていくべきです。幸せとは、他に必要とされる生き方をすることでしょう。


疑問を解くキーワードは「世の中」

 お釈迦さまは縁起の道理をさとられました。この世は縁起によることから、縁により生れ、縁により滅する。したがって世の中は関係することで成り立っている。ことごとくがつながっているということです。
 あなたがいるから私がいます。私がいるからあなたがいます。つながっているから不必要なものはなく、ことごとくが必要だからこの世に生れてきたのでしょう。したがって自力で生きているようであっても、生かし合い、生かされ合っているということです。

 ことごとくが関係により成り立っているということは、この世界は共同体であり、それぞれが共同体に生きる仲間であるということです。共同体だから、一人一人が共同体に生きる仲間として共同体に貢献することが生きる意味だということでしょう。したがって、戦争、独裁政治、いじめ、自殺、詐欺、DV、自己中心の生き方、などは、共同体に貢献していないということです。

 「一切有為法、如夢幻泡影、如露亦如電、応作如是観」と金剛経にあります。この世界に存在するものことごとくが夢・幻・泡・影の如し、また露の如く、雷のようなもので、一瞬に消え失せてしまうものばかりである。命とはかくの如くであると観るべしということです。
 わたしたちが存在しているこの世界は、すべて生じては変化し、やがて滅していく諸々の現象・存在(一切有為法)によって成り立っています。生じたり滅したりするこの世の一切の現象・存在は、縁により生じ、縁により滅する。ことごとくが生滅変化しているから「一切の有為法は夢・幻・泡・影の如く、露の如くまた電の如し、まさに是のごとき観をなすべし」つまり無常であり無我であるということです。

 「世の中」は瞬時たりとも同一のままでありえず、いかなる存在も不変でないから、始めがあれば終わりがある。したがって生きているのは「今」です。実在しているすべてのものは本来は空虚なものだから、自分という命も自分のものであって自分のものでない。自分の命も授かった命であり、「世の中」に必要だから生かされている命です。
 人間という意味は「世の中」、だから、世の中に必要とされる自分であるべきです。そのために向上心を鼓舞して自己の人格を高める努力を日々怠らないことです。「何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか」その疑問を解くキーワードは「世の中」でしょう。

心地よい日々を生きる

 自分など生きている意味がない、生きている価値もない、だれも自分の存在など必要としていない、などと思いこんでいる人もあるようですが、はたしてそうでしょうか。そうではなく、この世は共生きの世であるから、世の中では今、自分に何を必要としているのか、世の中で必要なことをしっかりと自分で見つけだせれば、生きていけるはずです。
 また必要とされる人格、必要とする能力をそなえた人ならば、世の中は必ずその人を必要とするでしょう。

 人はだれでも自分が大切で、自己中心に生きようとするから人間関係がうまくいきません。この世とはことごとくが関係しているところですから、人は他との関係を良好に保もたなければ生きていけません。だから人間関係を上手く保つということが生き方上手ということでしょう。
 だれもがこの世に必要だから生まれてきた、そしてお互いを必要とするから生きていける。だから、他を生かさずして自己は生きていけない。自分のためにという生き方が、そのまま、他のためにということでなければ自己は生きられない。利他の願いを持ち続ける限り、人は心地よい日々を生きられるでしょう。

 蝶は花開くとやってくる。花は蝶を呼び寄せているのであるが、もとより花にその欲心はなく、蝶が来る時に花が開くのも、蝶の欲心が花を開かせているというものでもない。蝶の動きも無心であり、開花するのも無心です。花と蝶は無心の縁で結ばれているのです。人も私も、何らの計らいもなく出会っている。何を計らうというわけでもないが、縁により、そうなるべき時にそのように出会っている。これすなわち自然の摂理ということでしょう。俗世の名利など私には関係のないことで、自分の生き方として、財をなすことや立身出世などということは、性にあわないから、気ままに自然の摂理に順って生きている。「蝶、無心にして・・・・」良寛さんの生活ぶりがしのばれる詩です。

 良寛さんは、何ごとにもとらわれず、身をつつしみて欲におぼれず、真実に随い、真実に生きることを発願されました。すなはち、無心、これが良寛さんの生き方でした。無心にして、他を幸せにせんとの願いを発し、利他を行ずるところ、自ずと幸せが自分についてくる。これが良寛さんの幸福観でした。

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