2024年2月1日 第301話
             
破顔微笑

      なぜ笑うのか、どうして喜ぶのか、
      世はつねに燃えているのに、
      あなた方は暗やみに
(おお)われているのに、
      なぜ灯を求めないのか。
法句経146(中村 元 訳)


笑う

 おもしろいと声をたてて腹から笑います。笑うということですが、口を大きく開けて喜びの声をたてるヨロコビ。微笑むのエミ。あざけりわらう嘲笑のアザケル。また冷笑、レイショウ。うれしさ、おかしさ、てれくささ、またばかばかしさ、そんな気持ちがわくと、いずれも顔の筋肉がゆるんで笑面になる。それぞれ笑いの表情にもちがいがあるようです。

 花のつぼみが開き花が咲くこと、また果実が熟して皮が裂けることをわらうという。縫い目が綻びることや、膝ががくがくすることもわらうといいます。石積の面で石の間を少しあけておくこともわらうというそうです。このように笑うとは人の感情表現のみならず、日常に言葉としてもつかわれています

 笑うという字の語源、つまり笑うという字の起こりについて。竹でつくられた屑籠をかぶせられた犬の動きを見て、みんながわらった、それで犬に竹カンムリをつけて「笑」という字ができたという、これは上方演芸から出た話。草カンムリを竹カンムリに、天の字を犬と間違えてできた字。花の咲くということからできた字。などと竹博士の上田弘一郎さんの著書「竹づくし文化考」には、このように書かれています。

 笑うと幸せのホルモンといわれているエンドルフィンが分泌されて、リラックスした気分になれるという。それで笑いはストレスやうつ病の治療にも効果があるといわれています。
  令和6年の新春の喜びが一転して、能登の震災という深刻な事態が発生しました。被災地では笑いが消えてしまいがちですが、辛く悲しいときこそ笑いが人を救うでしょう。

笑う門に福が来る

 笑うことで不安感やストレスが軽減します。身心がリラックスすることで全身が健やかな状態になるという効果があるそうです。それでよく笑う人は病気になりにくいことから、笑いは副作用の無い妙薬であるといわれています。笑うことでナチュラルキラー細胞が活性化して、免疫力が高まるなど、笑いと健康との関係が医学的に証明されています。

 ストレス社会では笑う機会が少なくなったり、年齢を重ねるごとに病気や身体機能の低下などからくる悩みのタネが増えてきたり、コロナやインフルエンザなどからの感染を恐れて家にこもったりすると、笑いがすくなくなってきます。笑いがなくなると気持ちが滅入ったり、不安になりがちです。笑いは健康にとってとても効果があるのです。

 人間のみが笑うのでしょうか。人間は生れながらにして笑う能力を持っていますが、チンパンジーやゴリラなどの類人猿も、そして、犬やネズミも笑うそうです。笑いはそこに危険が無いということを示しているらしい。猿の笑いは、敵意がないことを伝える服従の表情だともいわれています。笑う門に福来たる、にこにこしている人の家には福運がめぐって来るといいます。人間のみならず、動物も笑いがあるところ、そこは平和であるということでしょう。

 赤ちゃんの笑いは生理的微笑といわれていますが、赤ちゃんは自分の気持ちを表現する方法として、笑顔を身につけているという。そして生後3ヶ月頃からは自分の意思で笑う社会的微笑になっていくという。さらに生育して5~6ヶ月頃になると声を出して笑うようになります。こんな赤ちゃんの笑いに大人も癒やされます。赤ん坊には欲がないから、それは仏の微笑みでしょう。

笑えることは幸せなり

 江戸後期に木食上人という僧がいました。五穀を食さないということで木食と自称した。木食上人は全国を巡って微笑みの仏を彫りました。一木から微笑みを彫りだしています。長い年月、木食仏に多くの人々が手を合わせ、大切にまつられてきました。
 また江戸前期には円空という僧がいました、木食と同じく旅をしながら一木から鉈彫の仏をつくりました。荒々しい表情ながら、仏の笑みが感じられます。

 京都太秦にある広隆寺の弥勒菩薩の微笑みに引きこまれて、我を忘れた人もあるでしょう。微笑んでいる仏に念じることで、所願成就を願います。古来より民衆の間で信仰の篤い七福神は、インドからの大黒天は豊穣の笑い、弁財天は歌舞音曲の笑い、毘沙門天は憤怒相ながら、勇気と慈しみの笑いです。中国からの布袋、福禄寿、寿老人はいずれも健康と長寿の笑いです。日本の恵比寿は大漁の笑いと、それぞれ伝来は異なるが、いずれもが満面の笑顔の個性ある姿をしていますから、微笑の福神として人々に慕われています。

 あるとき、お釈迦さまは大衆の面前で、黙って蓮の花を拈
(ねん)ぜられ、まばたきをされた。すると、多くの弟子達の中でただ一人、摩訶迦葉だけがお釈迦さまの真意を受けとめて破顔微笑した。そのとき、お釈迦さまのおさとりのすべてが摩訶迦葉に伝わったという。拈華微笑の話として伝えられています。その花は三千年に一度だけ花を咲かせるという想像上の花で、優曇華とよばれています。

 笑えることは幸せなりということでしょう。漫才、落語という話芸は馬鹿、阿呆になりきれないところに笑いをさそう芸能です。古典喜劇である狂言も、微かな笑いの表情をうかべた面をかぶって舞う能も、笑いの古典芸能です。これらを見る人々は日頃の悩みや苦しみを忘れて笑うことで、笑える幸せを感じるのです。

笑いは一転語

 人の笑いは感情表出行動ですが、笑うことは脳内麻薬ともいわれるぐらいです。エンドルフィンというホルモンが分泌されて幸せな気持ちになれるのみならず、モルヒネの数倍の鎮痛作用で痛みを軽減するともいわれています。免疫力や、自然治癒力を高めて自分の健康のために、笑いを元気に生きる力としましょう。

 人間とは人の住むところ、世の中ですから、人は仲間とともに生きること、より良き人間関係をつくることにおいて、笑いは潤滑油のはたらきをします。仲間との関係をよりよくするために、笑いが良い効果をもたらすのです。
 笑いは、和顔施です。笑顔は他の人に慈悲の心を手向けることができます。辛く悲しい日々の中に生きる喜びや希望、勇気をうみださせてくれるのも笑いです。

 迷いを転じて悟りを開かせる一言のことを一転語といいます。辛く苦しいとき、悲しいとき、気持ちが滅入って元気が出ないときに、朝起きて顔を洗い、鏡に自分の姿を写して何度も笑ってみましょう。 すると、笑いが心機一転をもたらすでしょう。笑いを日々の一転語として、毎日笑って健やかに暮らしましょう。

 笑いがある人は日々を幸せに過ごせるでしょう。人生とは笑いの美の追求かもしれません。
笑えなくなったとき、それは人間の終了を意味するのでしょう。この世に生れてきた時、赤ん坊の笑いで人生がはじまったのですから、微笑みの眼差しで静かに目を閉じて、笑いの美の終わりとしたいものです。

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