2026年7月1日 第330話
             
少欲知足

     天、宝の雨を降らすとも、人の欲は果てじ
     少欲を味わうも苦なりと、賢き人は知るなり
                          法句教・186


諸々の飲食を受けては、まさに薬を服するが如くすべし

 大好きなものを腹いっぱい食べたい、贅沢であっても高価なもの、美味しいものを食べたい、などと思うのも人情でしょう。また一方では、朝食を食べない子供は健全な心と体の発育に、大人は健康維持に影響します。 飽食は成人病や肥満症を引き起こします、また過度の拒食や偏食によって栄養が偏ると感染に対する抵抗力がつきません。食の乱れは心の乱れですから、心掛けるべき生活の基本が食事のいただき方でしょう。

 日本人が飽食を享受している一方で、世界には食べるものがなくて人類の一割もの人々が飢えに苦しんでいます。また日本では若者や高齢者に孤食が広がっています。学校での食育と家庭での食卓の大切さ、親の味が子に愛情食として伝えられていくことなど、食が見直されるべき時代でもあります。「いただきます」と「有り難い」という感謝の心を忘れてしまうと、自分自身の心が病みはじめるでしょう。

 私たちはもったいないという言葉を忘れてしまったようです。一粒のお米にも、一枚の菜っ葉にも命が宿っています、その命をいただくことで生きていけるのですから、食べ物を捨ててしまうなど無駄にはできない。また、好きな食べ物、高級な食材に心ときめかせたり、嫌いな食べ物や粗末な食材だからと粗雑に扱うことなく、それぞれの食材の持ち味を楽しむべきです。近年は季節を問わずあらゆる食材が年中出回っていますが、食物には旬があるというということも、栄養のバランスにも心すべきです。

 「諸々の飲食を受けては、当に薬を服するが如くすべし。善きに於ても、悪きに於ても、増減を生じることなかれ。わずかに身を支うることを得て、もって飢渇を除け」と遺教経にあります。食事における知足とは、諸々の飲食を受けては、当に薬を服するが如くすべしということでしょう。これは食における少欲知足の教えです。

もろもろの苦悩からのがれようとするならば、知足を観ずべし

 食べられるだけの量をいただき食物を大切にして無駄にして捨てない、好き嫌いを言わない、食事の姿勢など、こういうことを躾として教えていない親が多いようです。いただくとは命が命を食することですから、食べ物を目八分にいただいて感謝の心で拝むことです。
 家庭の食卓においても「食とは命をいただくこと」だということを、そして「すべからく足るを知る」という感謝の気持ちを、常に心得ておきたいものです。「いただきます」の気持ちで食事を正しく行うならば、すべての行動も正しくなるでしょう。

 グルメという言葉があります、食通とか美食家をさす言葉でしょうが、飽食をも連想してしまいそうです。人には生まれたときにすでに決まっていることとして、何歳まで生きられるかの命分と、そして、どれくらいの量を生涯食べるのかという食分というのがあるという。腹八分目とはこの則を自覚せよというものでしょう。
 京都の竜安寺の境内に「吾・唯・足・知」と刻まれた手水鉢があります。足るを知ることが人生を豊かにするということを示したものです。

 「もし諸々の苦悩を脱せんと欲せば、まさに知足を観ずべし。知足の法は即ち是れ富楽安穏の処なり。知足の人は地上に臥すといえども、なお安楽なりとす。不知足の者は天堂に処すといえどもまた意にかなわず。」と 遺教経にあります。
 少欲を行ずるものは、心はおのずから安らかである、憂え恐れることもなく、いつも満ち足りています。少欲であれば心は静まり涅槃となる。これを少欲と名ずくと、お釈迦様は説かれました。

 道元禅師も、もし、もろもろの苦悩からのがれようとするならば知足を観ずべし、足るを知らない人は、たとい富んでいても心は貧しい、足るを知れる人は貧しくても心は富んでいる、足るを知らない人は、常に五欲にまどわされており、足るを知れる人から憐れみを受けるであろう、これを知足と名づく、と説かれました。


少欲とは貪らないことであり、足るを知るということです

 食について道元禅師は「典座教訓(てんぞきようくん)」と「赴粥飯法(ふしゆくはんぽう)」を著された。「典座教訓」には、「飯(はん)を蒸(む)すには、鍋頭(かとう)もて自頭(じとう)と為(な)し、米を淘(よな)ぐには、水は是れ身命(しんめい)なりと知る」とあります。ご飯を炊くときには鍋を自分そのものと思い、米をとぐには水を自分の命そのものと考えると、水は命なり食は命なり、これは食のつくり手側での足るを知ることの教えです。

 赴粥飯法には食する側の心得が説かれています。修行僧は応量器という食器で食事をいただきます。朝・昼・夕の食事には、それぞれ必要な器だけを使います。自分で食べられるだけの量をいただく、適量を心得ることを基本とします。使った食器は水を無駄使いしないよう、食作法にしたがって自分で洗います。洗った水の半分は生飯
(さば)(数粒の米)とともに、飢えたるものに施します。食することにおいて足るを知ることの教えです。

 禅寺では、食事の前に「五観の偈
(ごかんのげ)」を唱えます。
  [五観の偈]
一には、功の多少を計
(はか)り彼(か)の来(らい)(しよ)を量(はか)る。
 (多くの人の苦労を思い感謝していただきます)
二には、己が徳行
(とくぎよう)の全缺(ぜんけつと)をはかって供(く)に応ず。
 (己の行いを反省していただきます)
三には、心を防ぎ過
(とが)を離るることは、貪等(とんとう)を宗(しゆう)とす。
 (妄心や三毒を除していただきます)
四には、まさに良薬を事とするは形枯
(ぎようこ)を療(りよう)ぜんが為なり。
 (心身の良薬としていただきます)
五には、成道
(じようどう)の為の故に今この食(じき)を受く。
 (円満な人格完成のため合掌していただきます)
 

 禅寺では食事は大切な修行です。八百年前に道元禅師は「典座教訓」を著して、食事を作ることは大切な修行であることを説かれた。また「赴粥飯法」を著して、食することも修行であると、食べる心構えを説かれました。医食同源と言いますが、身心の健康の維持とは食事を大切にすることからはじまります。「五観の偈」は食前に唱える言葉ですが、少欲知足の教えです。日常生活において、食することにおいて感謝の気持ちがあれば心豊かな生活になるでしょう。少欲とは貪らないことであり、足るを知るということです。

少欲知足の法は、即ち是れ富楽安穏の処なり

 財産があり、物があふれて、飽食にふけっても、なを心さみしいのはなぜでしょうか、満たされないのはなぜでしょうか。人間の欲望はとめどがなく、足るを知らない人は、たとえ富めりといえども心は貧しい。足を知る人は、貧しいといえども心が豊かである。足るを知らない人はつねに五欲にまどわされているから、不知足の人には安心ということがない。五欲とは財・色・食・名・睡眠の欲で、多欲の人は、おのずから苦悩もまた多い。欲を少なく、足を知る人には安らぎがある、お釈迦様は、少欲知足を心得るべしと教えられました。

 人さまざまであるから、五欲においても、おのずからその程度にちがいがある。そして、欲望を満たそうとすることが生きる希望につながることも否定できません。
 蝶や蜂は花の蜜をとりても色香を損なうことはない、自然界における多くの生きものは命を保つだけ食べ、それ以上はもとめない。比するところ、人間は貪欲な生きものであるといえる。
 世の中は全てが縁起にもとずき関係でなりたっている。したがってこの世は利他が大原則であるから、みずからの生き方において、利他的行動として、おのれの欲望の追求においても自制すべきです。それが少欲であり知足であるいといえるでしょう。

  天、宝の雨を降らすとも、人の欲は果てじ
  少欲を味わうも苦なりと、賢き人は知るなり 
法句教・186
 「天、宝の雨を降らすとも、人の欲は果てじ」で、欲望にはこれで終わりということがなく、また、得られなければそれが悩みとなる。「少欲を味わうも苦なりと、賢き人は知るなり」、少欲でも欲である限り、エスカレートするから際限が無い。このことを理解できている人は賢き人である。少欲とはどういうことかを知ることが足を知ることでもある。欲を知るべし、足を知るべしということです。

 お釈迦様が最後にお説きになった少欲知足の教えを、道元禅師も自らの最後の教えとして説かれた「八大人覚」に、「多欲の人は、利を求めることが多いから、おのずから苦悩もまた多い。これに対して少欲の人は、求めることもなく、欲もないからわずらうこともない。いつも満ちたりて苦悩もなく心穏やかである」、もろもろの苦悩のもとは貪欲にありと、教えられたのです。
 「諸々の苦悩を脱せんと欲すれば、当に知足を観ずべし」、「知足の法は、即ち是れ富楽安穏の処なり」。お釈迦様は最後の説法として、悩み苦しみのない生き方は、少欲にして足るを知ることだと教えられました。人の生き方の根本のところがこの少欲知足の教えでしょう。

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