第100話    2007年5月1日
                 無事
        
      
まさに知るべし、今生の我が身二つ無し三つ無し 「修証義」
        

吾十有五而志於學  三十而立  四十而不惑  五十而知天命  六十而耳順
七十而從心所欲 矩不踰

 高齢化社会が急速に到来しました。今、この時代を生きるものにとっては、先行きの生活不安を思いながらも長寿を願っています。自らの行く末や、親や伴侶の介護などについても、これほど多くの人々が思い悩むという時代はかつてありませんでした。
 昭和22年〜24年に生まれた人達は団塊の世代といわれています。日本の人口構成の上でも世代人口がダントツに多いのですが、その人達が還暦をむかえました。そして多くの人々がリタイヤすることから、今後の生き方や社会との関わりについてなど、注目されています。いわゆる2007年問題といわれて久しいですが、今年はその年になったのです。団塊の世代の人々が還暦をむかえて、それぞれの生き方を模索しはじめたということです。

 かつて人生50年といわれた時代では、人は誕生から成人するまでの成長期の20年間を除くと大人期間は30年間を生きました。これにくらべて人生80年の現代では大人期間が60年を超えますから、2倍の人生を生きるという計算になります。
 人生50年の時代では還暦をむかえることは人生の終焉を意味していましたが、今日の長寿の時代では大人期間の中間点という思いを持つ人も多いようです。自分の思い通りにならないのが人生だとわかっているけれど、だれでも自分の5年先、10年先のことを思うものです。そこで還暦という人生の節目に視点をおいて、さまざま思いめぐらしてみましょう。

「吾十有五にして学に志す  三十にして立つ  四十にして惑はず  五十にして天命を知る  六十にして耳に順ふ 七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず」
 これは中国の孔子さまの言葉です、孔子は人々に生き方を説いています。73歳で亡くなりましたが、2500年前の人ですからその時代では長寿でした。
 現代の日本人の平均寿命は82歳・30000日です、現代人を 10000日を一つのステージとして年齢別に区切ってみました。そして孔子の言葉を今様に当てはめてみました。

  人生第一ステージ  0〜27歳   10000日  吾十有五而志於學
  人生第二ステージ  28〜55歳  20000日  三十而立  四十而不惑
  人生第三ステージ  56〜82歳  30000日  五十而知天命  六十而耳順  
  人生第四ステージ  83〜108歳 40000日  七十而從心所欲  矩不踰

 孔子さまの教えられているところは、年齢ごとにそれぞれの生き方がある、さまざまな体験や学習を重ねて人は成熟する。加齢とともにものごとの道理がわきまえられるようになり、心の安らぎこそが幸せであると思える生き方ができるようになると、説かれたのです。
 

学生期 家住期 林住期 遊行期

 2500年前、中国の孔子さまより少し前にインドにお生まれになり、人々に生き方を説かれたのがお釈迦さまです。お釈迦さまの時代以前からインドでは人の生き方として、四住期という人生を四つに区切って、学生期、家住期、林住期、遊行期の4つのステージをもって生きることを理想とする考え方がありました。

 学生期 勉学に励み、禁欲の生活をおくる
 家住期 結婚して子供をつくり、神々をまつり、家の職業に従事する
 林住期 妻子を養うことも、そして家の職業も安定した段階で家長が一時的に家を出る
      家を離れて、それまでにやろうとして果たし得なかった夢を実行に移す
 遊行期 家族のもとへも、自分を育んでくれた村へも戻らないで遊行の生活を送る

 学生期、家住期、林住期、遊行期の4つのステージの生き方を年齢ごとの生き方として、日本人の人生80年の時代に当てはめてみました。

  人生第一ステージ     0〜27歳  10000日    学生期
  人生第二ステージ     28〜55歳  20000日    家住期
  人生第三ステージ     56〜82歳  30000日   林住期
  人生第四ステージ    83〜108歳  40000日    遊行期

 インドには人は生まれ成長し、結婚して妻子を養い家の職業に従事するが、やがて子も成長し家業も安定した後に、家長はさまざまな束縛を離れて、成熟した生き方をめざして一時的に家を出て自分の欲するところの生活をするという林住期という考え方があります。
 一時期を経てほとんどの人は家に帰っていくのですが、聖(ひじり)としてあがめられるような人はもとの生活に戻らないで遊行の生活を送ることになる。
 お釈迦様は29歳にして出家され6年の苦行の後に覚者となられたのです。出家という行為は林住期に入ることと重ね合わされる。そして苦行の時代を経て覚者となられて遊行の生活を送られ80歳の長寿を全うされたのです。
 高齢化社会が急速に到来しました、今、この時代を生きるものは、この林住期について注目し、長寿を生きる日本人にとって現代風の林住期があってもよさそうです。

還暦〜古希〜喜寿の時期は、人生にとって最上の時であり、林住期である

 老いとは高齢者の老いのみをさすものではありません。老いは自然なものであり、細胞は絶えず生まれ死にしていますから、細胞の新陳代謝において、若い人であっても老いは生じるのです。高齢化にともない肉体の老いはさけがたいものですが、作家の渡辺淳一さんは老いを輝きのあるものにしましょうと、プラチナ世代と名付けて老いていくものにエールをおくっておられます。

 長寿社会が急速に到来しました、60歳以上の旅行客が多くなりました。旅行や、リュックをかついでのハイキングや登山などは、いずれも日常を捨て帰ることのない旅ではなく、非日常を楽しみ、わが家に帰る旅です。
 生活の場を郊外に移したり、農業を始める人もいます。逆に生活に便利な都市の中心部や介護を受けられる施設などに居場所を移す人もいます。 

 幸いにも長寿を生きることができれば、さまざまな人生の喜びを経験することでしょう。むろんさまざまな苦悩もともなうことになりますが、苦悩も味わい深いもので、喜びそのものであると受容できるようになればしめたものです。
 ほろにがきものや淡白なものにも深い味わいを感じたり、雲の動きや川の流れなど無情なるものの輝きに心躍らせ、小さな野の花や草木の芽吹き、生きものの息づかいなど無常なるものへ哀れさと愛しさを感じ琴線に触れる、これも老いのゆえに感じることかもしれません。こういう感動が得られることは老いの特権でしょうか。

 還暦〜古希〜喜寿の時期は、人生にとって最上の時期であるかもしれません。孔子の言葉では「六十にして耳に順ふ、七十にして心の欲する所に従いて、矩を踰えず」です。
 インドの人の生き方に「妻子を養うことも、そして家の職業も安定した段階で家長が一時的に家を出て、それまでにやろうとして果たし得なかった夢を実行に移そうとする人生のステージ」林住期があります。還暦〜古希〜喜寿の時期は、まさに林住期です。心の欲する所に従い、矩を踰えることもなく、俗と聖の間を悠悠閑閑として生きる遊行期への成熟のプロセスとしたいものです。


肩肘張らず、欲張らず、頑張らない生き方


 82歳で30000日を生きるとしても、人生の約半分である40年間は寝て食ってトイレに入ってることになります。その間、一日三度の食事で9万食、食料は100トン食べて、水は50メータープール4杯半飲むそうです。この食べ物と水の量からしても、人は他に助けられなければ生きていけません。だから他を幸せにしなければ自らの幸せはない、これは真実です。すなわち利他行の実践こそが人の生き方の基本姿勢であるはずです。

 還暦をむかえた人々すなわち、60歳になった人でも65歳まで働くという人も多いようです、毎日が急に日曜日にならないよう、ソフトランデイングを希望するからです。そして、ボランティアに積極的に参加したり、NPO法人に所属して地域活動に関わったり、蕎麦道場に通ったり、さまざまな教養や知識を得ようとする人、自然との対話を始める人もあります。
 還暦をむかえた団塊の世代の人々は、まさに林住期のような生き方を望む人も多いでしょう。それは円熟した人格の完成をめざして、その先に遊行期があることを願い、生き方を模索する成熟のプロセスにしたいからでしょう。

 この世に永遠なるものはない、形あるものは必ず滅する、だから人は悩み苦しみながらも楽しみを求めて涅槃に向かって帰ることのない旅をしています。
 人生は苦であるというけれど、ものごとにこだわり、欲望が尽きぬから、自ら苦しんでしまうのです。自我の三毒(貪り、怒り、愚かさ)に執着してしまう、それが煩悩です。その煩悩で自分自身が悩み苦しんでいます。素直に生きれば、悩み苦しみなく楽しく生きられるのです。でも煩悩があり、苦しみがあるからこそ、一方では、また楽しいこともあるのでしょう。

 2500年前、中国の孔子さまは、人は年齢相応にそれぞれの生き方があると教えられ、また、インドのお釈迦さまは本当の幸せとは悩み苦しみのない生き方であると教えられました。そのために正しく簡素にして誠実な生活を心掛けましょうと諭されました。人生時計は突然止まります。だからいつも心おだやかに今を楽しく生きることが大切なのです。

生き方の心得三ヶ条
[その一 肩肘張らない]
背筋伸ばして姿勢正しく、肩肘張らずに、ゆっくり吐く呼吸法で、心おだやかに生きましょう。
[その二 欲張らない]
少欲知足(多欲の人は利を求めることが多いから、おのずから苦悩もまた多い、少欲の人は求めることもなく、欲もないからわずらうこともない)欲張らないで生きましょう。
[その三 頑張らない]
頑張らずに、快眠・快食・快便で、心身健やかに生きましょう。
 

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