2026年1月1日 第324話
             
喫茶喫飯

   趙州真際大師、新到の僧に問うて曰く、
  「曽て此間に至れりや否や」。
  僧曰、「曽て到る」。師曰く、「喫茶去」。
  又た一僧に問う、「曽て此の間に到れりや否や」。
  僧曰く、「曽て到らず」。師曰く、「喫茶去」。
  院主、師に問う、「甚と為てか曽て此間に到るも
  也た喫茶去、曽て此の間に到らざるも喫茶去なる」。
  師、院主と召ぶ。主、応諾す。師曰く「喫茶去」。
                    正法眼蔵・家常




緑茶のブーム

 大谷翔平選手がバッターボックスに立つその後ろ、ドジャース球場の電光掲示に、「お~いお茶」、というコマーシャル、それが中継する日本のテレビで映し出される。日本語の表記だから日本人向けのコマーシャルだろうが、今や緑茶が世界的ブームになってきました。「おーいお茶」が、「喫茶去」という言葉に見えてくる人もあるかもしれません。

 現在国内外で抹茶ブームが巻き起こっています。特に海外では抹茶がスーパーフードとされてか、需要が急増しているようです。また健康志向からお茶が内外ともに多くの人に好まれ、お茶の生産や輸出に影響をあたえているという。

 日本にお茶が入ったのは8世紀に遣唐使によって薬として持ち帰ったのが最初だそうです。広く我が国で茶が飲まれるようになったのは、13世紀になってからで、栄西禅師が茶の種を持ち帰り、それを栂尾高山寺の明恵上人が各地に広め、栽培されたとも伝えられています。

 栄西禅師は茶の効用について、喫茶養生記を著わした。たった一杯の茶が心を調える。茶は禅僧の眠気を覚まし集中力を高めるなどの効用のために、禅寺で飲まれるようになり、全国に広まったようです。戦国時代になると織田信長が戦術の道具として、人的交流の手段として茶を用いるようになり、やがて千利休によって茶道として世に広まったとされています。

一服の茶

 茶の木はヒマラヤ以東の暖帯の地にひろく自生し、中国では二千年の歴史があるという。茶の葉を煎じて主として薬用に用いられていたため、今でも茶の湯の世界では、茶の湯の回数を数えるのに「服」とあらわします。一服の茶という表現をします。

 茶の湯といってもむつかしいことをするでもなく、とりたてて変わったことをするのでもない、ただお湯を沸かして、お茶を点て飲むだけのことでしょうから、修行とか勉強することも不要だと思うかもしれません。だが、何でもない、当たり前のことだからこそ、これを無心にすることは容易でないのでしょう。

 当寺では正月に、年賀の客人に「喫茶去」と書いた紙袋を兼ねた懐紙に紅白の饅頭を乗せ茶をふるまいます。客は「喫茶去」という禅語について、さまざまな解釈をされるだろう。お茶を飲んで去りなさい、どうぞお茶を飲んでいきなされ、このように解釈される人もあるでしょう。

 
「喫茶去」とは、どうぞお茶でもお飲みください、というようなことですが、喫茶の二字だけでもお茶を飲むということで、これに「去」の字を添えると意味が強まります。私たちは日常生活でもお茶を飲み、また人にもすすめますから、喫茶は平生のありさまの一つです。


趙州喫茶去

 趙州真際大師、新到の僧に問うて曰く、「曽て此間に至れりや否や」。僧曰く、「曽て到る」。師曰く、「喫茶去」。又た一僧に問う、「曽て此の間に到れりや否や」。僧曰く、「曽て到らず」。師曰く「喫茶去」。院主、師に問う、「甚と為てか曽て此間に到るも也喫茶去、曽て此の間に到らざるも喫茶去なる」。師、院主と召ぶ。主、応諾す。師曰く「喫茶去」。
 正法眼蔵・家常の巻きにはこのようにあらわされています。

 趙州和尚と、ある僧との問答に、「喫茶去」というのがあります。
趙州は一人の僧に対して、「あなたはこれまで、此間(ここ)に来られたか」とたずねた。僧は「あります」と答えたところ、趙州は「喫茶去」といいました。他の僧にも同じことをたずねると、僧は「ありません」と答えたところ、趙州は同じく「喫茶去」といいました。そこで、その寺の管理人を務めていた院主が趙州に対して、なぜ同じように「喫茶去」といわれたのかとたずねると、趙州は「院主さん」と呼んでから、「喫茶去」といわれた。

 趙州和尚は、なぜ三人の面接者に三人三様でなく、三人一様に「喫茶去」とあいさつしたのかというのが、この公案です。この公案の主旨は「此間(ここ)」にあるのでしょう。
 茶にはなんともいえぬ味わいがあります。それは、一期一会であるから、「而今」(只今)、此間(ここ)で茶を点てる者の、美味しく入れてあげたいと、客を思う心の願いが、一碗にそそがれているからです。また、一碗の茶が心を調えることから、「而今」(只今)、此間(ここ)でお茶を飲みなされとすすめているのでしょう。

 趙州和尚は「此間(ここ)へ来たことがあるか、どうか」と問うていますが、茶を点てるものも無心、茶を喫するものも無心。趙州和尚はさとりの心境を「此間」(ここ)と表現しているのでしょう。
 趙州は三人の僧に対して、同じく「喫茶去」といった。これは趙州が相対的な分別意識を断ち切った、無分別智の境地に立っているから、別け隔てなく「喫茶去」といったのでしょう。


仏祖の家常は喫茶喫飯のみなり

 大谷翔平選手は昨シーズンもすばらしい成績をおさめた。だがこれは結果であって、バッターボックスに立つとき、打点をかせごう、打率を上げようと思えば三振する。余計なことを考えていると手元がおろそかになる。立ち位置を定めて、変化球か直球か、速いか遅いか、無心のバットで千変万化の白球を捉えるのみです。「而今」(只今)、此間(ここ)の勝負あるのみで、結果が成績となる。

 今やることは今やる。 坐禅は真っ直ぐ、それ以外はなにもなし。線香は真っ直ぐ立て、履物は揃える、今日、只今の心で、日常生活が修行なり。やればやるほど自分の限界が見えてくるから終わりがない。これで十分ということがない、修行の上にもまた修行なり。
 茶碗には溢れんばかりの茶が、飯がいっぱい入ってる。だが余計なものは入っていない、いずれも仏のいのちでみたされている。それを無心に喫するのみなり。無心とは考えないということさえも、考えないことです。

 瑩山禅師は「茶に逢うては茶を喫し、飯に逢うては飯を喫す」、茶を喫するときは茶を、飯を喫するときは飯を喫す。茶のときは茶をのむだけ、飯のときは飯を食うのみなり。無心のところ、さとりあり修行あり、これで終わりというものはない。それは、真っ暗闇に真っ黒な玉が飛んでいるようなもので、さとりと修行は一つのものなりといわれた。

 道元禅師は、正法眼蔵家常の結びに、「しかあれば、仏祖の家常は喫茶喫飯のみなり。」、こういうわけであるから、仏祖の家風は、ただ茶を喫っし、飯を食らうなど、日常のことだけであるといわれた。
 茶の修行あり、飯の修行あり、無心に喫する。これが心が澄んだ人の生活ぶりです。ほとけのいのちそのものが息づいている。それを実感し、一気にのみつくすのが喫するということでしょう。


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